東京"2004年5・3憲法集会実行委員会"からの呼びかけ
『憲法改悪に反対し、9条を守り平和のために生かすことを求める』
署名用紙
アレン・ネルソンさん講演会
―あなたが戦場に立たないために―
『赤とんぼ』160号より
2003年6月14日(土)に行われた元米軍海兵隊員アレン・ネルソンさんの講演会には、小学生から70代まで、90人余りが集まりました。
とりわけ、10代・20代の若い人たちがアレンさんの言葉を真摯に受けとめている姿は印象的でした。
ここに講演内容を要約してみました。
〈今、危険な状態にある日本〉
私(アレン・ネルソン)は、日本の政治家達のボスである市民と直接話をするためにやってきました。今、日本は非常に危険な状態にあります。イラクに自衛隊が派遣されようとしているのです。そうなると、兵士達は敵兵を殺さねばならないし、場合によっては自ら死なねばならない。
ブッシュは世界に向かって大ウソをついてきました。フセインが大量破壊兵器を持っているだろうと。だが、いまだに見つかっていません。日本の皆さんは、国連の査察団をむしろ日本に呼ぶべきです。私の勘では、恐らく日本にある米軍基地には、大量破壊兵器や核兵器・生物化学兵器が貯蔵されていると思います。日本政府は明らかに憲法9条に違反しています。けれど、まだ第9条は存在するのです。だから、皆さんには政府に9条を守れ、違法行為をやめよ、と言う資格があるのです。
〈戦争から帰還した兵士は…〉
兵士達は、たとえ戦争で傷つき、病気になり、ホームしスになっても、何も保護されず見捨てられるのです。30年程前ベトナムから帰ってきた私がそうでした。人殺しをした兵士は、普通の人間であり続けることはできません。誰とも話したくないし、夜になると泣き叫ぶベトナムの人々の姿にうなされ、一晩中泣きわめいたりしました。その時私はPTSD(心的外傷性ストレス障害)を煩っていたのです。母や姉妹たちは私を怖がるようになり2週間後に、「家を出ていってくれ。」と言いました。この時点で私はホームレスになったのです。
そんな私がPTSDの治療を受けたいと思い、戦争と暴力について語り続けようと考えたきっかけは、ある小学生の質問でした。「ネルソンさんも人殺しをしたのですか?」……目をつぶって「イエース」と答えた私。その時子どもたち全員が代わる代わる私を抱きしめてくれました。私も子どもたちも教師も泣いていました。とても感動的なひとときでした。
子どもたちは直に全身で戦争の恐しさに向かってきます。戦争の恐怖は頭で理解するものではないのです。
軍隊の中で習うのは敵を殺すための方法であり、「平和維持」についてではありません。しかも相手を即死させるのではなく、激痛に何時間も苦しみ、泣き叫びながら死なせていく方法なのです。兵士たちは暴力性を身につけるように訓練を受けています。だから、沖縄で暴力事件が起きた時、基地司令官が表向きには謝罪しても、心の底では部下がいよいよ暴力的になったと喜んでいるかもしれないのです。
〈ベトナムで起こつた事〉
ベトナムでは、大勢の北ベトナム兵を殺し、大勢の人が死ぬのを見ました。本当の戦争では、敵を考えられる限りの方法で殺すのです。そして本当の戦争の臭いとは、腐乱死体の臭い、焼け焦げる死体の臭い、血の臭い、火薬の臭いなのです。
そのべトナムで、私の人生を変えてしまった一つの出来事があります。ある村の避難壕で、若いベトナム人少女が出産する場面に出会った時のことです。少女が非常に強く息み始めた時、差し出した私の手に赤ん坊が生まれ落ちたのです。手には後産のあとが残っていました。赤ん坊の誕生を見て、私はベトナム人が人間であることに気づいたのです。と同時に、私自身の人間性も発見したのです。
〈憲法9条の大切さ〉
日本のみなさんが戦争を知らないでいられたのは憲法第9条の力なのです。もし第9条がなかったとしたらみなさんの中にはアメリカが行う戦争で生命を落とす人もいたでしょう。ところが第9条を恥だと考えている政治家がいます。彼らは自分達の子や孫ではなく、他人の子どもを戦争へ送ろうとしているのです。
憲法9条を守るという運動は、米政府や日本政府に戦争をしないという声を届けることなのです。
世界平和の第一歩は、まず一人一人から、この部屋から始まるのです。共に世界を平和にするためにがんばりたいと思います。
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