寺だより 10号 1999/7/20  発行者 蓮照寺推進員協議会


姉への思い

庄司八重子

 私には三つ違いの姉がいます。定年をむかえ家庭に帰り日常生活をのんびりと送っていました。ある日、姉は近所の友達の家に出かけましたが一人では帰れず、またある時は、知らない家に上がり込んだりしました。
 「義兄」はどうも姉の行動がおかしいと病院で検査を受けさせたところ、結果はアルツハイマーという病名でした。薬もない、絶対に治ることのない病気です。家族の驚きは大変でした。
 現在、七年目をむかえ、今は、病院にお願いして入院生活です。食べ物を口に入れることも忘れ、食べ物を飲み込むこともしません。
 一週間前、見舞いに行き驚きました。枕元にはぬいぐるみの人形が並べてあり、小さな人形はふとんの中に入れて赤ちゃんを寝かすようなしぐさで、小さな声で子守唄を歌っているようにも見えました。
 最初は私と目を合わせようともしなかった姉でしたが、時間がたつにつれて私の手を握るようになり、何か思いだしてくれたようでした。
 遠い昔、姉と二人でよく畑仕事を手伝い、またよく喧嘩もしました。西に夕日が沈む頃まで夕焼けの空を見上げながら、二人でよく童謡を大きな声で歌った、あの頃を目に浮かべているかのように私の顔を両手で力強く引き寄せ、姉のなすがまま私も姉の手に両手を重ねる。私の涙にも、感情のない姉。
 もっと早く何か心の支えになるものを見出せなかったものかと今は思う。
 いつ死を迎えてもしようのない姉をベッドに戻し病室をあとにしました。                               合掌



九州連区婦人研修大会
    鹿児島別院に参加して

山南恭仁子

 四月二十二日〜二十三日一泊研修会が鹿児島でありました。初めて行くところでしたので、一寸不安でしたが、庄司さんと、一緒でしたので安心しました。
 前日、駅に相談に行き、津久見発午前四時十分のJRに乗り、途中宮崎で、西鹿児島に乗り換え、約六時間余りかかって、やっと鹿児島駅に着きました。
 朝早く出たので、始まるまで時間はたっぷりありました。久しぶりに後藤先生にも合うことが出来、元気で頑張っている姿を見て安心しました。
 午後から待ちに待った竹中智秀先生の講義が始まりました。六十七歳には見えない、とても歯切れのよいわかりやすいお話でした。

三つのもとどりを切る
一、 名聞 評判や名誉にこだわる。
二、 利養 財産や、利潤の多いことにこだわる。
三、 勝他 人に勝つことにこだわる。

 この言葉は前にも何回かきいたことがありますがなかなかむずかしくてわからなかったのですが、今回は少しは、わかった様な気がします。
 仏法を毎日の生活の中にどのようにとり入れているかについて質疑がありましたが、現実の生活の中に取り入れてゆくのは、大変むずかしいとの声が、多かったです。
 本願を信じ念仏申す。このことが毎日の生活の中で大事なことではないかと、私は想いました。今後こんな機会があれば一人でも多くの仲間と一緒にご縁を頂きたいです。
 自分自身を知る為に、いい勉強させて頂きました。有り難うございます。



親鸞の言葉

佐藤増枝

 自分と共に生きようという心を願生心という。
 私もそういう世界を作って行く、疑う必要のなくなる浄土の世界に生まれて行こうと自分の心におこって来る時を、信心という。お浄土にひき起こしてくれた心を信心という。
 浄土を歩んで来た人が、私におこして下さった。願生心は環境のはたらきになる。本願仏の心が環境にふれ、形のない物が形になって現れる。もう一度、形を振り返ってみる。
 本願を求めたものが分かると感動がおこる。
 阿弥陀様は、世に於いて自在の王のお釈迦様に出合った時代にあった人にふれて誓願になって行く、命の根源にふれて行ける伝統がある。六字の名号である。



同朋短歌

日暮らしの 朝夕仏前 経を読む
素直になりて 心やすらぐ

愚かなる 誠のわれを 尋ぬれば
目覚めたまなこ 迷い説くなり

佐藤 増枝

財残せず 詫言うわれに 借金さえも
無いんだからと 娘がふざけ言う

声かくれど 笑顔くずさぬ 友の写し
ゆらぐ香煙が 現世を隔つ

神田 スミエ

今は亡き 父の手紙文 口ずさむ
変りなくすごし候御安堵をと

不自由と なりてすごせる 夫に学ぶ
喜怒哀楽を あらわにはせず

石谷 恵美代