巻頭言 戦争放棄を憲法の第一条に
児玉暁洋
今年は、日本国憲法施行60年という記念すべき年だということで、いくつかの特集番組が放映されました。その中で、私の印象に残ったのは、4月29日の昭和の日にNHKが放映した"日本国憲法誕生"でした。日本国憲法が成立するまでの約一年間の過程を、新しく公表された資料を使いつつ、要領よくまとめたものです。
その中に、特に、私が心を惹きつけられた二つのことがありました。一つは昭和21(一九四六)年2月13日にホイットニー民政局長から吉田外相・松本国務相に英文の日本国憲法草案が手渡される以前の1月24日に、幣原首相とマッカーサー元帥との会談が行なわれ、そこで、幣原首相が次のように語っていることです。
世界から信用をなくしてしまった日本にとって、戦争を放棄するというようなことをハッキリと世界に声明すること、それだけが日本を信用してもらえる唯一のほこりとなることじゃないだろうか。
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つまり、"戦争放棄"という発想は、先ず、日本から出ているということです。
第二に、今度、更めて確認させられたことは極東委員会が日本国憲法の成立に深く関わっていることです。ソビエット・中華民国など日本との戦争に参加した11ケ国の人々から成る極東委員会は、日本国憲法について、のべ百回を越える会議で議論を重ねており、そこで新しい憲法が満たすべき基本原則を決め、その第一番目に"主権が国民に在ることを認めなければならない"と定めました。そしてこの極東委員会の決定が、G・H・Qを通して日本側に伝えられ、それによって、それまで曖昧な表現でしかなったソブレンティ(sovereignty)がハッキリと文字通り"主権"と表現され、現行憲法の前文と第一条に記されている"主権在民"を確定したのです。現行憲法の三本柱の一つである"主権在民"が極東委員会の影響で成り立ったことを知ったのは驚きでした。
このように、日本国憲法は、確かに、日本国の憲法でありますけれども、同時に世界の人々が参加して作った世界の中の日本国憲法でもあるのです。その意味で、私は、人類の悲願を表現した第九条の戦争放棄は、法蔵菩薩がその48願の第一願に誓われた「無三悪趣の願」に信順し、また聖徳太子の十七条憲法の第一条に呼応して、日本国憲法の第一条に明記することを提案いたします。
『崇信』439号より
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